大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和27年(あ)3419号 判決 1954年3月11日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人島野武、同渡辺喜八の上告趣意第一点について。

所論刑法三四条ノ二に「刑ノ言渡ハ効力ヲ失フ」とあるのは、刑の言渡に基く法的効果が将来に向って消滅するという趣旨であって刑の言渡を受けたという既往の事実そのもの(例えば、刑法四五条にいわゆる、或罪ニ付キ確定裁判アリタルトキ)まで全くなくなるという意味ではない。そして、被告人が、所論の罰金刑に処せられたという事実その他被告人の経歴、性格、年令及び境遇並びに犯罪の情状及び犯罪後の情況等を考察、参酌して、各犯罪、各犯人毎に適切妥当な刑罰を量定するのは当然であって、憲法一三条、一四条に違反しないことは、当裁判所大法廷屡次の判例の趣旨とするところである。(判例集二巻一一号一二七五頁以下、同四巻三号三六六頁以下判決参照。)それ故、所論は、採用できない。

同第二点乃至第四点について。

同第二点は、単なる訴訟法違反の主張であり(所論身上調書の証拠能力を否定すべきでないことは、論旨第一点に対する説明によって明らかである。)、同第三点は、違憲をいうが、その実質は、原審で主張も判断もない第一審における単なる訴訟法違反の主張であり(所謂訴訟費用は、すべて有罪部分に関するものであること記録上明白であって、所論の訴訟法違反も認められない。)、同第四点は、量刑の非難で、すべて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。また、記録を調べても、同四一一条を適用すべきものとは認められない。

よって、同四〇八条に従い、裁判官全員一致で(但し論旨第一点に対する真野裁判官の反対意見を除く)、主文のとおり判決する。

論旨第一点に関する裁判官真野毅の意見は左のとおりである。

刑法三四条ノ二において、「刑ノ言渡ハ其効力ヲ失フ」とあるのは、刑の言渡に基く不利益な法的効果が将来に向って消滅し、従って被告人はその後においては不利益な法律的待遇を受けないという趣旨と解すべきである。刑の言渡があったという事実は、すでに存在する客観的な過去の社会的出来事であるから、後になってこれを消滅せしめることは事物の本質上不可能であることは当然である。だがしかし、将来に向っては、過去に刑の言渡がなかったと同様な法律的待遇を、被告人に対して与えることは法律的価値判断の問題として可能である。前記法条の意義は、まさにこの可能なことを表明したものと解すべきである。それ故、刑の言渡が失効した後において、過去に刑の言渡を受けた事実の存在を前提として、この前科を累犯に算入して刑を加重したり、または刑の量定において被告人を法律上不利益に取扱うことは、前記法条に違反するものと言わなければならない。原判決は、「被告人がさきに食糧管理法違反罪により罰金刑に処せられた」事実をも考慮に入れて、第一審の量刑を重きに失するとは認めるに足りないと判示している。しかるに、所論のごとく記録中の被告人の身上調書によると被告人が新潟区裁判所の略式命令により食糧管理法違反罪により罰金五十円に処せられたのは、昭和一八年一二月三〇日であるから、前記刑法三四条の二の規定によれば、「……罰金以下ノ刑ノ執行ヲ終リ……タル者罰金以上ノ刑ニ処セラルルコトナクシテ五年ヲ経過シタルトキ」は、刑の言渡はその効力を失うわけである。それ故、原審判決が被告人が過去において「食糧管理法違反罪により罰金刑に処せられた」事実をも考慮に入れて第一審判決(昭和二六年五月七日言渡)の量刑を重きに失せずと判断したのは、すでに失効した前科の故に量刑において被告人に対し不利益な法律的待遇を与えたものと認められるから、原判決には刑法三四条の二の規定に反する違法があると言わなければならぬ。しかし、その考慮せられた過去の罰金刑は略式命令による僅か五十円に過ぎないものであって、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するとは認められないから、違法ではあるが破棄する必要はない。

(裁判長裁判官 真野 毅 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 岩松三郎 裁判官 入江俊郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例